「闇金ウシジマくん」ギャル汚くん論(コミック4巻~5巻)

「闇金ウシジマくん」ギャル汚くん論

「闇金ウシジマくん」ギャル汚くん論

評論/石原貴洋

 

2006年、石原かんとくは大阪の北新地・高級クラブのウエイターをしていた。長時間労働の社員で、だ。

ある日、新入りのチャラ男(チャラオ)くんが入社してきた。チャラ男くんはその名の通りチャラチャラした奴で、茶髪の色黒の細身のカラコン入れた香水ムンムンで趣味が強盗・ひったくり、という人間のクズだった。入社早々、チャラ男くんがちゃんと挨拶できてないという事で石原が叱られた。「石原!お前がよく見とけ!」と。数ヶ月前に先に入社した石原がチャラ男くんの指導係になった。

 

チャラ男くんは人間の良心や道徳・倫理観が完全に欠落していて、今思い返してみても、我が人生ワースト5に入るほどの小者の小悪党のクズだった。営業前におしぼりを一緒に巻きながらチャラ男くんと身の上話をするのだが、聞く話どれも、強盗やひったくりの話で、深夜の宗右衛門町に原付2ケツで繰り出し、仕事上がりのキャバ嬢のカバンやポーチをひったくるのが笑えるのだと自慢げに語っていた。チャラ男くんは、おもいっきり遅刻で出勤して来ても何とも思ってない感じで、イヤホンで音楽を聴きながら「パッパーパラッパー! ウイーッス、遅れました~! 」と、店に入って来る、そのあまりにも堂々たる何とも思ってなさに、誰も注意する気も怒る気にもならず、従業員みんなシラ~っとした事があります。

その時、石原は「闇金ウシジマくん」コミック4巻に登場するギャル汚(ギャルオ)くんと頭の中でリンクして、すげえ! と思った訳です。前置きが長くて大変、すいません。何が言いたいか。当時、2006年の最新の人間のクズとして漫画に登場したギャル汚・小川純(22歳)というキャラが、現実に同じ服装、格好、顔、年齢で登場して来た訳です。東京と大阪。場所は違えど、漫画と現実は違えど、最先端のクズ人間が同時進行で現れた感じは何とも言えない新鮮さでした。そしてこう思ったもんです。

「真鍋先生、なんでギャル汚の事を正確に知ってるの!?」

 

2006年当時、コミック4巻は最新刊で、登場するキャラがみんなクソリアルでした。日焼けサロンでバイトする小川純が、店長に叱られ「了解!!今日でココ辞めるっス!!」っていうあの感じ、石原が接したチャラ男くんと全く一緒でした。これは確認を取れてないので断言は出来ませんが、作者の真鍋先生は、リアルのギャル汚くんに取材されてると思います。そうじゃないと、あの当時の最新のクズをあんなリアルに描写できないかと。

少なくとも石原は、当時のギャル汚くんのキャラクターがクソリアルであったと証言しておきます。小川純の友達で小悪党のネッシー(根岸)が登場しますが、この小狡さの塊のような中途半端なネトウヨ・キャラも、この時代に急に現れ出した象徴的なボンクラですね。そのネッシーに、タバコの火を胸に押し付けブラジャーの模様を付けさせた石塚ミノルも、コミック18巻の過去シーンで再登場し、タバコの火傷でブラジャー模様を考案したのは石塚ミノルではなく顎戸三蔵(がくとさんぞう)である事が判明! コミック18巻は大きな感動で震えました。こういった、忘れた頃に懐かしのキャラを再登場させる真鍋先生の手腕はピカイチですね。

あと脚本的な話ですが、「闇金ウシジマくん」はセリフが良い。名脚本家でもひねり出せないだろう、というセリフが、さらっと出てくるのです。誰も指摘しないような名セリフを映画人を代表して言わせてもらうと、コミック5巻のネッシーと援交まいたんのセリフ。

「まいたん 朝メシ何食いてぇ!?」

「甘いパン 甘いパン」

このセリフ最高ですね。こう言う何気ないセリフに、まいたんがどれくらいアホで、どういうキャラなのか全部、出ています。いやあ、お見事!

 

現実のチャラ男くんと、漫画のギャル汚くんは姿・形が瓜二つでしたが、唯一違っていた点は漫画のギャル汚くんには向上心があったという事です。パラパラ(ユーロビートのアホ・バージョン)のイベントを主催して有名なイベンターになるという夢を持っていました。無理をしてでも上に行こうとするギャル汚くんの姿勢は、当時の石原にも心に刺さるものがありました。若さというやつは、一生懸命になればなるほど空回りしやすいものです。なぜか?

経験が足りないからです。

経験が足りないって事を無意識に理解しているからこそ、無理をして頑張ってしまう。お金がないのに借金をしてしまう。借金があるのに、さらに借金をしてしまう。根本を解決せずに突き進んで頑張って泥沼化してしまう若者の悲劇は「闇金ウシジマくん」の十八番だと思います。コミック16巻・17巻の「楽園くん」が傑作なのも、消費されて消えていくだけの幻の世界に存在し続けようと無理してアピールし続けた成れの果ての姿がキッチリ描かれているからでしょう。

それにしても「ギャル汚くん」編の小川純の最後の姿は衝撃的でした。漫画の世界の話なのに、他人事のように思えなかったのは「闇金ウシジマくん」が初めてです。映画1本分のバッドエンド以上のヘビーさがありました。その理由はやはり、当時、現実に眼の前にチャラ男くんが居たからだと思います。

 

ちなみにチャラ男くんは、入社して一ヶ月後、現金手渡しの給料をもらった次の日に飛びました。飛ぶ前日、「石原さん、よく我慢できますね、俺には無理っすわ~。っていうか石原さん、すげえっすよ」て言ってました。数ヶ月後、チャラ男くんが広島刑務所に収監されたと聞き、あーあ、馬鹿が、と思ったもんです。

チャラ男くんと働いている時、一緒におしぼりを巻きながらチャラ男くんは次の仕事が入りそうだと自慢げに語っていました。パチンコだかスロットだかの「設定」というやつをイジって打ち子をやるんだ、広島まで行って打つから足は付かない、取り分も多いし余裕っしょ、みたいな事を言ってて、それを聞いていた同僚が、こっそり石原に教えてくれたもんです。

「石原くん、あいつアホやで。踊らされてるのに気付いてへん。たぶん現行犯逮捕になるやろうけど、ほっとこうな」と。

同僚は石原に耳打ちした後、ニッコリ微笑んでくれました。

漫画みたいな話ですが、その同僚は元・闇金業者で、危ない話は人一倍敏感だったとさ。

めでたし、めでたし。